冤罪が明らかになると、必ず警察官による自白の強要が問題となる。「足利事件」(後注)でも、菅家利和氏は「警察官が髪の毛を引っ張ったり、足で蹴飛ばしたりして、『おまえがやったんだから、早くしゃべって楽になれ』と言われた」と話す。
自白の強要や利益誘導が行われないよう、警察官の取り調べを録音・録画する、いわゆる「可視化」が不可欠である。諸外国では実施されているが、日本では警察と検察、政府の反対が強く、2008年9月から警察官の取り調べの一部が録音・録画されているだけだ。しかし、これはかえって冤罪を生む。単行本『報道されない警察とマスコミの腐敗 映画『ポチの告白』が暴いたもの』で、寺西和史裁判官は次のように批判している。
「『可視化』と言うからには全過程を録音・録画しなければ意味がありません。むしろ被疑者に不利な供述をしている場面だけ録音・録画して、法廷へ出してくる可能性が高い。全過程を録音・録画することができないという理由が理解できません。見られたら困ることでもやっているのか、と疑います」
刑事裁判で自白の任意性が争われ、取り調べの警察官の証人尋問が行われることは珍しくない。その手間が省ける可視化を、裁判所が率先して要求しない理由がわからない。
「なぜでしょう。検察官ともめたくないんですかねえ。確かに、可視化が導入されれば、裁判所としては大助かりだと思いますよ」(寺西裁判官)
6月4日、菅家氏が釈放されたことを受けて、麻生太郎首相は記者団に、「取り調べの可視化で冤罪が減るとは感じない」と述べた。あえて善意に解釈すれば、取り調べの可視化だけではなく、警察による証拠の捏造も防止しなければならないということだ。足利事件でも、有罪の決定的な証拠とされた最初のDNA鑑定は捏造された可能性がある。
【足利事件】1990年5月12日、栃木県足利市で女児(4歳)が行方不明となり、翌日、遺体で発見された。1991年12月2日、栃木県警は、女児の衣服に付着していた精液とDNA型が一致したとして、元幼稚園バス運転手の菅家利和氏を殺人容疑などで逮捕する。公判で菅家氏は犯行を否認し、導入直後のDNA鑑定の不備も露呈するが、宇都宮地裁(久保真人裁判長)の無期懲役判決(1993年7月7日)が、東京高裁判決(1996年5月9日、高木俊夫裁判長)、最高裁第2小法廷決定(2000年7月17日、亀山継夫裁判長)でも支持された。菅家氏は再審請求を提起。2008年2月13日、宇都宮地裁(池本寿美子裁判長)は棄却するが、同年12月24日、東京高裁(田中康郎裁判長)は再度、DNA鑑定を行うことを決定した。2009年5月8日、東京高裁(矢村宏裁判長)は、再度のDNA鑑定の結果、女児の衣服に付着していた精液のDNA型は菅家氏のものと一致しないことを検察側と弁護側へ伝えた。同年6月4日、検察庁は菅家氏を釈放した。
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