「足利事件」(後注)で警察官による自白の強要が問題となり、それを防止するため、取り調べを録音・録画する、いわゆる「可視化」がますます求められている。しかし、問題の本質が見誤られているような気がしないでもない。単行本『報道されない警察とマスコミの腐敗 映画『ポチの告白』が暴いたもの』で、寺西和史裁判官は、こう指摘している。
「可視化がことさら叫ばれる理由は、自白の任意性が争われた場合に、裁判所が容易に任意性を認めるからです。取り調べの過程を明らかにしない限り、任意性が容易に認められないということになれば、逆に警察や検察が、自白の任意性を証明するために、取り調べの全過程を録画したビデオを提出してくるようになるでしょう。裁判所しだいなんです」
日本弁護士連合会刑事法制委員会の堀敏明副委員長(東京弁護士会)は、こんな経験を語る。
「以前、ジュネーブ(スイス)の警察へ視察に行ったときのことです。警察官は被疑者を事情聴取するのですが、日本でいう『自白調書』をつくりません。その理由を尋ねると、『裁判所が証拠として認めてくれないからムダ』と言われました」
日本では5月21日から「裁判員制度」(後注)が実施され、8月3日から東京地方裁判所で裁判員裁判第1号が開かれる見込みだ。これまで「自白調書」を偏重し、いくら被告人が法廷で無実を訴えても、「供述を翻し、信用できない」と退けてきた職業裁判官による刑事裁判が改められる可能性もある。寺西裁判官は上記単行本で、「裁判員になったからといって、裁判官やほかの裁判員を論破しなきゃいけない、というものではありません。(中略)無罪とするなら『有罪と確信できないから』と開き直っても構わないんです」とアドバイスしている。
【足利事件】1990年5月12日、栃木県足利市で女児(4歳)が行方不明となり、翌日、遺体で発見された。1991年12月2日、栃木県警は、女児の衣服に付着していた精液とDNA型が一致したとして、元幼稚園バス運転手の菅家利和氏を殺人容疑などで逮捕する。公判で菅家氏は犯行を否認し、導入直後のDNA鑑定の不備も露呈するが、宇都宮地裁(久保真人裁判長)の無期懲役判決(1993年7月7日)が、東京高裁判決(1996年5月9日、高木俊夫裁判長)、最高裁第2小法廷決定(2000年7月17日、亀山継夫裁判長)でも支持された。菅家氏は再審請求を提起。2008年2月13日、宇都宮地裁(池本寿美子裁判長)は棄却するが、同年12月24日、東京高裁(田中康郎裁判長)は再度、DNA鑑定を行うことを決定した。2009年5月8日、東京高裁(矢村宏裁判長)は、再度のDNA鑑定の結果、女児の衣服に付着していた精液のDNA型は菅家氏のものと一致しないことを検察側と弁護側へ伝えた。同年6月4日、検察庁は菅家氏を釈放した。
【裁判員制度】殺人など重大な犯罪で起訴された被告人の裁判を、裁判官3人と裁判員6人で審理する制度。裁判員は有権者からくじで選ばれる。有罪か無罪かは多数決で決定されるが、裁判官1人以上が賛成しないと、有罪にはできない。裁判員は刑の重さも判断する。
0 件のコメント:
コメントを投稿